ジャカルタで見た、聞いた、思った

今年の6月から、インドネシアのジャカルタで働いていた。去年からアサインされているプロジェクトの延長線で、同年4月にシンガポールとタイに導入した同じパッケージシステムを導入するためだ。

私が本格的に参画したのが6月で、新システムの稼働は7月中旬という。いざ参画してみると、何もかもが遅延。シンガポールのときは、同じチームにボスと私の二人がいたのだが、今回は私一人。さっそく「私一人では無理です」とプロジェクトマネージャーに泣きついてしまったが、「まぁ落ち着け、なんとかなる」の一言で人員増えず。今から思うと、なんで無理なのかっていう説明もできてなかったし、一人でテンパッてただけだったんだ。

そもそもジャカルタへの勤務は突然決まって、私は家族への説明も十分にできないまま、現地に赴いた経緯があるので、「稼働できませんでした」といってすごすご帰るわけにもいかない。どっちにしろ、一番迷惑をかけている人たちなので、成果を持って帰ろうと密かに心に決めていた。

そんなこんなで始まったジャカルタ生活は、いろいろな状況が重なって、ブログを書くのが滞ってしまい、ようやく書き始められたのが、ジャカルタ生活最後の週末の今日になってしまった。たった3ヶ月だったけど、毎日がめまいするほど忙しかったけど、何度も道を見失いそうになったけど、そのとき感じたことを、忘れないように散文として書き留めておこうと思う。これから記す内容は、私個人の感想なので、決して、すべての人やケース等にあてはまることではない。

インドネシアのお客さんとの仕事

ジャカルタのお客さんは、基本的に人懐い。めったなことで怒ったりしない。いつもニコニコしている。なんだか日本人みたいだなぁとすら思った。
言葉は、英語で会話するせいもあって、ゆっくりしゃべってくれる。ただし、こちらもゆっくりしゃべらないと理解してもらえない。英文でちょっと長いメールを書くと、読む気が失せるらしく、まったく読んでくれない。本当は現地語でコミュニケートできたらよいのだけどね。

会議で、私以外全員インドネシア人だと、とたんにインドネシア語で会話が始まる。これも日本っぽい。日本人がマジョリティの会議だと、とたんに日本語でミーティングが開始されて、日本人以外のメンバーがぽつーんとなってしまう状態。こういう時、何を話してるのかちんぷんかんぷんなので、待っててもらちがあかない。いきなり英語でお客さんが話し始めたときは、別の話題になってたりする。
それを防ぐためにも、自分から話題を元に戻す。もしかしたら、斬り込んだタイミングでは、彼らが話してる内容と全然違う内容を話し始めてる可能性は大いにあるのだが、そんなの関係ない。それより、限られた時間でみんな集まってくれてるのだから、ひとまず、会議のゴールの方へ軌道修正するのが先決だ。
本に書いてあるようなファシリテーションスキルとはちょっと違うかもしれないけど、お客さんを抱き込みながら物事を先に進め、結果を出す、という方向性は間違ってなかったと今でも思いたい。

人々の心の中のムスリム

インドネシアでは国民のほぼ9割がムスリムという。定期的に、外ではコーランが流れる。しかし、この国のゆるーい環境の中では、イメージしてたほど厳しくなさそうだった。女性もヒジャブと呼ばれる、”真知子巻き”に近いカタチでスカーフをかぶる(頭だけ隠して顔は全部見えてる)人が何人かいる。中東でよくみられるような目だけしか見えないものをしてる人は街中でめったに見たことない。
また、ムスリムの方は、毎日メッカに向かって礼拝をしていた。学校では1日5回と聞いたけれど、人によっては定時にきっちり5回こなす人もいれば、時間帯はバラバラだけど5回こなす人もいれば、忙しいときは5回もこなせないのでどっかの回にマージさせてトータル回数は保持する人もいるらしい。どこまでゆるいんだろう。
金曜日のランチタイムは、男性だけ、オフィス近くのモスクへ礼拝へ出向いてしまい、2~3時間帰ってこないので、ミーティングをお昼前後に入れることはできなかったし、スケジュールもそれを加味して計画する必要があった。
みんなそれぞれコーランを持ち歩いていて、見せてくれたりもした。コーランについては、個人的に印象的だったエピソードがある。

データ移行(旧システムから新システムへデータを移し替える地味で時間のかかる骨折りな作業)でけっこう夜遅くまで残ってたときに、何かのはずみでコーランの話になり、ムスリムのお客さんが非ムスリムの私にいかにコーランがムスリムの人たちにとって大きな心の拠り所になっているかを滔々と語り始めた。
連日深夜まで一緒に残ってて、お客さんも私もけっこうへばってるのに、このお客さんはコーランの素晴らしさをムスリムの”ム”の字もわからない日本の小娘に向かって、延々と語っている。そんなことしても、アラーはデータ作成してくれないし、データをアップロードしてくれないんだよ、と内心思ってた時、はっと気づかされた。
この人にとっては仕事よりアラーが優先なんだよ、って思った。頭ではわかっていた。ムスリムの人たちはアラーを心から敬ってること、仕事を中断してもお祈りに行くということ。でも今までの私はそれをただの行動として認識してただけで、彼らがなぜそこまでしてアラーを信じているのかわかってなかった。この精神的にも肉体的にもまいってる状態でも、ちょっとでもムスリムに興味を持ってくれたらうれしいんだ。ムスリムだろうと、そうでなかろうと。理解してもらえなくてもかまわないんだ。それくらい”アラー愛”に溢れて毎日暮らしているんだ。
仕事して、出世して、給料上がって、うまいもん食えるってのが幸せの第一条件じゃないんだろうな。そうすると、このシステム入れる意味あるんだろうかって後から落ち込んでしまったけど、それはまた別の話。ひとまず、そのときは彼らの価値観が腹落ちして嬉しかった。

車も人も多い

ジャカルタで一番辛かったのは、交通渋滞。特に都心部。時間帯、曜日関係なく常に混雑している。ジャカルタは超・車社会で、どこ行くにも車がないと不便だったりする。そのおかげで、空気はなんだか光化学スモッグのようにどんよりしてるし、あまりにも道路が混雑してるから、スクーターがどんどん歩道を走ってくるし。。。外に出るのが億劫になってくる。

そんな億劫な気持ちをえいやと吹き飛ばして、いざショッピングモールやレストランに出かけてみると、従業員の数が異様に多い。時には客よりお多いんじゃないかと。人口が2億4千万のインドネシア、ジャカルタには2200万人いるらしい。「人はたくさんいるのです。雇用機会を増やさなくちゃならないのです。」と政府の声が聞こえたような気がした。

BlackBerry天国、facebook三昧

ジャカルタではBlackBerry(BB)を持つ人をよくみかける。みんなBBでfacebook見てる。ちょうど、私もシムフリーの携帯が欲しかったので、ジャカルタでBBを買いに行ったことがある。そのとき、iPhone4(もちろんシムフリー)もあるよ、と店員に言われたので、値段を聞いたら8900000IDR(約8万円)とのこと。一方、BB(Curve9300)は280000IDR(約2万5千円)。もともと、iPhone4は持っているし、BB使ってみたかったので、迷わずBBを購入したが、こんだけ値段差があれば、ジャカルタの民はBBに傾くだろう。しかも、BB購入時に店員さんが頼みもしてないのに、facebookとtwitterのアプリを即インストールしてくれた。これはあとから知ったことだが、BB購入時の一般的なサービスらしい。同じサービスをiPhoneでしてくれるかわからないが、ジャカルタの人たちはfacebookやtwitterをするためにBBを購入してるんじゃないか?これだけが要因ではないと思うが、事実、インドネシアはアメリカについでfacebookアカウント数世界第2位らしい。そろそろインドに追い抜かれるかもしれないと聞いたけど、それにしてもこの国でfacebookがこんなに流行ってるとは思ってなかった。

ラマダン

ムスリムの習慣のひとつに、ラマダンがある。ラマダンとは、イスラム教の開祖ムハンマドにコーランが啓示されたと伝えられる神聖な月のこと。この月の日中は一切の欲望を断つことを求められ、断食を行ったりする。ムスリムのメンバーは、わりと普通な顔して毎日過ごしていたが、非ムスリムの私としては目の前で水飲んだり、モノ食べたりしちゃ悪いなぁと思って、彼らがいないところで飲んだり食べたりしてた。ラマダンは8月1日から始まったが、それまで、けっこうプロジェクトルームで飲んだり食べてたりしてた習慣が抜け出せず、ちょっと口寂しかったのも事実。
ちなみに、ラマダンは日没以降は、モノを食べてよいらしい。(宗派によって違うのかもしれんが。)お客さんの会社が、毎日、日没以降に食べ物を全員に振る舞っていたので、非ムスリムの私たちもそのおこぼれに預かることもたまにあった。が、次第に飽きた。だって、毎日揚げ物と甘いものばかり。日中12時間くらい空腹で、一日初めての食事があんなに糖分と油分の多いものとってたら心身ともに良くない気がする。これはいつでも好きなときに好きなものを食べられる私の感想。ムスリムの習慣からすれば、この時間が本当に待ち遠しいらしく、食事が振舞われるとみんなバクバク食べていた。

最後に

基本的にジャカルタは、車の運転以外すべてが穏やかだ。ガツガツしてない。すべてはアラーの御心のままに。その気性のためか、渋滞や作業進捗など日々の問題が先延ばしにされて、改善するような気概は見受けられなかった。この国を支えているのは、まだ天然資源だ。それが枯渇してしまったとき、この国の人たちはどうなるんだろう。インドネシアが独立して今年で66年だそうだ。彼らにとっての”独立”はどういう意味を持つのだろう。

ジャカルタで見た、聞いた、思った への2件のフィードバック

  1. twitterでちょっと@飛ばし合ったことのあるmikihoです。こんにちは。全く違う視点のジャカルタの感想、興味深く面白かったです。
    あ、ジャカルタの人口は約1000万人です、一応。でも昼間の人口はソレくらいなのかなあ..

    • mikihoさん、フィードバックありがとうございます。ジャカルタの人口”2000万人”は、wikiから取得したのですが、ジェトロ等他のソースだと900万〜1000万人とありますね。あの渋滞を見ると数字よりも、人口の多さを語っている気がします。。。

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